夕野かのんの書斎

皆さんこんにちは、夕野かのんです。小説書きます。

黒く、赤く、そして白く。(オリジナル)

 少年は「死にたい病」を患っている。この病気は、毎日毎日、ただただ、「死にたい、死にたい」と呟くだけのものだ。以前、彼は自分のスクールバッグに付けていた、魔法少女アーモンドちゃんのアクリルキーホルダーを何処かに落としてしまった。たったそれだけで、彼は「あー死にたい」と呟いたのだ。この前も、宿題のプリントを少し破ってしまっただけで、「あー死にたい」と呟いていたから、きっと流れ作業のようなもので、治しようがないのだろう。
 時折、少年は「死にたい病」の症状が酷くなり、ほんの数分で「死にたい、死にたい」と何度も何度も呟くことがある。すると彼は、自分の心からドバッと溢れ出た、どす黒い泥のような〝何か〟に支配され、心と体が影に覆い尽くされる錯覚に襲われる。その時になって、彼は自分が酷く猫背になり、内側からボンッと爆発しそうになっていることに漸く気が付くのだ。そして「あ、駄目だ」と呟くと、背筋をピンッと伸ばし、自分が生み出したブラックホールから逃れようとする。すると、彼は決まって自分の左手首を噛む。一種のリストカットだ。グチッと普段なら出ないような力で噛み、歯形と唾液で変に光る赤い噛み跡を見ると、彼は先程とは違った「あぁ、駄目だぁ」を呟く。彼は解っているのだ。自分は所謂「鬱」なのだ、と言うことも。この原因は「死にたい病」にあるのだ、と言うことも。この考え方がいけないのだ、と言うことも。
 しかし、彼にとって「死にたい病」は精神安定剤のようなものだった。毎度毎度、「あー死にたい、あー死にたい」と言いながらも、自分が本当に死にたい訳ではないことも知っているし、「死にたい」と思うのは生きているからだ、と言う持論を振り撒いては自分の存在を自分自身に見せびらかしている。だが「病は気から」と言う諺があるように、毎日毎日、「死にたい、死にたい」と口にしていると、自分が気付いていないだけで、本当は死にたいのではないか、と勘違いすることがある。すると、彼はいつも様々な自殺方法を探し始める。誰にも迷惑をかけず、自分自身の力だけで死ぬ方法、と言う条件付きで。そう、彼は気付いていないのだ。これは自分が自分に与えた「死にたい病」の本当の効果なのだ、と言うことも。これが「死にたい病」による自分から自分への洗脳なのだ、と言うことも。こんな条件付きの死に方なんて何処にも存在していない、と言うことも。
 しかし、これだけ死ぬことについて考え続けた癖に、彼はふっと思うのだ。「あの小説の続き読みたいな」と。「あのお店のオムライス食べたいな」と。「来月発売のCD聴きたいな」、「友達とあの面白いCMのこと話したいな」、「まだ死ねないな」「死にたくないな」「生きたいな」「もうちょっとだけ、生きてみようかな」。