夕野かのんの書斎

皆さんこんにちは、夕野かのんです。小説書きます。

零れた音の粒(オリジナル)

 今、私はある物語を書いている。日記のようで日記ではない、手紙のようで手紙ではない、私にしか描けない物語を書いている。同じ題材で誰かが書き始めたとしても、絶対に同じ内容にも、リズムにも、色使いにもならない、そんな物語を書いている。
 この物語を創り出そう、と思い立った理由は、私が案外長生きだったからだ。
 君の人生のタイムリミットはあと半年だ、と告げられた日。私の人生に突如、フィーネが印字された日。私の人生が転調した日。私はこの日からこの人生に忘れ物をしないよう、一音たりとも見逃さぬよう、やりたいこと全てに目を向けてきた。すると、気付かぬ内に四ヶ月も長生きしていたのだ。
 それは私の人生、二度目の転調の瞬間だった。私は自分の人生を、フィーネを追い越して演奏していたのだ。演者による楽譜の書き換え。ちょっとした革命の瞬間。脳内BGMはショパンエチュード十-十二「革命」。和音がガンッと響いた瞬間、無性に新しいことに挑戦したくなったことを、今でも鮮明に覚えている。
 挑戦することは、今まで私がやったことのないことなら、何でもよかった。ただ、余り長いスパンで考えると、私の心臓のメトロノームが止まってしまう可能性があるので、数日間、私は頭をフル回転させる事態に陥った。頭の中の五線譜にはアッチェレランド。あああああ。
 そして、その数日間、アレグロどころかプレストまで早く演奏していた私の脳内にア・テンポ、そしてリタルダンドとレガートが浮かび上がったとき、私は私の物語をこの手で残そう、とタクトを握ったのだ。私はきっと、死ぬ前に、私がこの世に「生きた証」を何かの形で残したかったのだろう。
 だからこそ、この物語は私の「生きた証」であり、ある意味、私の「人生」だ。「スコア」とも言えるかもしれない。
 別に、貴方はこの作品を読まなくてもいい。例え読んだとしても、何も感じなくても、何も心に響かなくてもいい。ただ、たった一人にでも、私がこの世に「存在」していたこと、誰かの言葉や行動に「一喜一憂」していたこと、私が「幸せ」だったことを知ってほしかった。その人の心の中でだけでも、どうにかして生き残りたかった。きっと私は、この世で一番、「死」を恐れていて、「生」にしがみ付いているのだろう。コン・フォーコ、コン・フォーコ、コン・フォーコ。
 これは、私が描く、最初で最後の物語。もし、この作品が別の形で生まれ変わったとしても、それはその作品に携わった方々が、私の作品をリメイクしたに過ぎない。是非、この原作を読んでほしい。私の「物語」を読んでほしい。私の「心の叫び」を聞いてほしい。さぁ、カンタービレだ。

     *

   カプリチョーソ

 私って、案外長生きかも。
 これは、私の人生に対する、私の感想です。最近気付いたんですけど、私は脳味噌だけじゃなく、心臓まで気紛れなようです。
 自意識過剰かもしれないですけど、私の周りの人々は、私にあと2ヶ月位はこの世に生き残っていてほしい、と思っているのではないでしょうか。この2ヶ月を無事生き抜いたら、私の誕生日ですからね。20歳の誕生日を、私がこの世に生存している状態で、一緒にお祝いしたい、みたいな。でも、19歳で死ぬことと20歳で死ぬこと。私にはこの違いがよく解りません。
 私は1日の中で「生」と「死」について考える時間が、少なくとも1回はあります。その度に、私はこの手の中にある、短い生命線を眺めます。この生命線が、あと3年で私を殺すかもしれない。もしかしたらあと3ヶ月で私を、いや、あと3日で私を殺すかもしれない。いやはや、3秒後には私は天に召されているかもしれない。そんなことを頭の中でぐるぐるぐるぐる、バターを作る勢いで回転させながら、ただただじっと見詰めています。でもそんなこの線も、私にとっては可愛いものです。何せこの子も、私の身体の一部なんですから。
 私はこの短期間、本当に濃い人生を歩んできました。色んな本も読んだし、様々な映画も観ました。多くの音楽や風景画にも触れました。全部、私のやりたかったことです。
 だから、私のことは心配しないでください。この若さですけど、やり残したことなんて、1つもないです。だから、私のことを「可哀想」なんて思わないでください。私の人生は「可哀想」なんかじゃないです。私はこの19年間、精一杯生き抜きました。眠り姫のように、100年間眠り続けません。王子様とのキスで目を開きません。いばらのお城もなければ、そこへ繋がるいばらの道も、存在しません。それでも、私はとても幸せでした。
 だから、私に会いに来るときは、笑顔で会いに来てください。貴方が泣くと、私も悲しいです。今でさえ、慰めることは苦手なんですから。それに、私の人生で、私が1番好きな瞬間は、貴方と何気ない話をする時間や空間、そのものなんですから。
 だから、私と会うための理由なんて要らないです。もし理由が欲しいなら、私が貴方に会いたい、この想いを理由にしてください。私は貴方が大好きなんです。
 本当は、貴方の最期を見届けてから私の人生に終止符を打ちたかった。ずっと一緒に、貴方と過ごしたかった。貴方の笑顔を見たかった。貴方と、貴方と、貴方と……!
 これが、私の人生で唯一の、どうすることもできなかった落とし物です。

     *

 これを書き上げた私の心にはグラディオーソだけが残っていた。